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人工血管置換術

大動脈瘤の人工血管置換術

大動脈瘤は自然に小さくなることも、お薬で治すこともできない病気です。瘤のために膨らんだ血管は壁が薄くなり、血流の刺激で破裂するリスクがあります。もし突然破裂すれば大出血が起こり、命を落とすケースも少なくありません。

治療法は大きく分けて二つです。一つは開胸または開腹手術で傷んだ血管を切除し、人工血管に置き換える「人工血管置換術」。もう一つは、血管の内側にステントグラフト(内側に金属メッシュのバネのついた人工血管)を挿入して補強する「ステントグラフト内挿術」です。

ステントグラフト内挿術は、一般的に脚の付け根の動脈から瘤のある病変部まで、カテーテルでステントグラフトを送り込む血管内治療。体への負担が少ないため、近年は採用されることが多くなりました。しかし瘤の位置や形状、個数などによっては難しい症例があります。

そこで、ここでは「人工血管置換術」について説明しましょう。胸部大動脈瘤と腹部大動脈瘤を対象に、1960年代より始まった最も標準的な治療であり、日本を含む全世界で行われています。通常、胸部大動脈瘤は直径5㎝以上、腹部大動脈瘤は直径4・5㎝以上になると、手術が検討されます。

人工血管置換術が適応となる主な症例

1 部位

① 胸部大動脈のうち、「上行大動脈」と「弓部大動脈」に瘤がある場合

大動脈は心臓を出るといったん上に向かい、Uターンして下に向かいます。上に向かう部分は「上行大動脈」、Uターン部分が「弓部大動脈」。下へ向かう部分が「下行大動脈」。さらに横隔膜から下の大動脈は「腹部大動脈」と呼ばれます。

上行大動脈は心臓に隣接している上、心臓の筋肉に酸素と栄養を送る冠動脈が枝分れしており、ステントグラフトの挿入はできません。弓部大動脈からも頭や腕に血液を送る腕頭動脈、左総頚動脈、左鎖骨下動脈が枝分かれしており、ステントグラフトを挿入すると分枝動脈が塞がってしまうので、基本的に手術の適応です。

一方、「下行動脈」は基本的にステントグラフトの適応です。症例によって、ステントグラフトが下行大動脈から一部が弓部大動脈にかかり、左鎖骨下動脈を塞ぐケースもあります。その場合は左鎖骨下動脈と隣の左総頚動脈との間をバイパスでつなぎ、血流を維持する処置が行われます。

② 胸腹部に瘤がある場合

腹部大動脈のうち、横隔膜から腎動脈が枝分かれするまでの部位を「胸腹部」と呼びます。ここには脊髄やお腹の臓器に血液を届ける太くて重要な分枝動脈があるので、ステントグラフトを内挿すると塞がってしまいます。分枝動脈部分に“窓”をあけた人工血管を用いて手術をします。分枝動脈との連結部分を細い人工血管で再建することもあります。

2 形状

① 瘤が縦長の紡錘形だったり、大動脈の蛇行部分に近かったりする場合

ステントグラフトは、バネの力で血管の内側から圧着し、血管内に安定します。従って瘤の前後の血管は真っすぐでなければなりません。下行大動脈と腹部大動脈の多くは、ステントグラフトが第一選択肢ですが、瘤が縦長の紡錘形だったり、瘤前後の血管の蛇行が強い場合は不向きです。瘤が複数個連なって凸凹している場合も同様。ステントグラフトを内挿してもズレたり、隙間から血流が漏れたりして、瘤を刺激する可能性があります。その場合は人工血管置換術が選択されます。

手術の流れ

1 手術前

造影剤を使ってCT撮影を行い、CT画像から最も適した人工血管を選んでおきます。素材は異物反応が起こらないポリエステル繊維やフッ化エチレン膜などが一般的。耐久性は数十年です。弓部大動脈瘤には、あらかじめ分枝血管がついた分枝型人工血管(図1)が、腹部大動脈はおへそのあたりで二股に分かれているので、瘤の位置に応じて、二股に分かれた分枝型人工血管が用意されます。

手術前図1

2 手術中

  1. すべて全身麻酔で行います。瘤のできた部分の血管を切除し、人工血管に置き換え、吻合して大動脈を再建します。
  2. 上行大動脈瘤と弓部大動脈瘤では、心臓を止め、人工心肺装置で血流を確保しながら行います。胸骨を真っすぐ20㎝ほど切り下げる正中切開が採用され、ニューハート・ワタナベ国際病院の手術時間はおおむね4時間です。(図2)
  3. 下行大動脈瘤と腹部大動脈瘤では、人工心肺装置で血流を確保しながら、心臓を動かしたまま行います。ただ下行大動脈瘤単独の手術は滅多にありません。腹部大動脈瘤は20㎝ほどの腹部正中切開で、ニューハート・ワタナベ国際病院の手術時間はおおむね2時間です。(図3)

手術中図2

手術中図3

3 オープンステント手術

上行大動脈または弓部大動脈、さらに下行大動脈まで、広範囲に複数個の瘤が発症した難症例を対象とする手術で、人工血管とステントグラフトの両方を使用します。CT画像で細部にいたるまで血管のサイズを計測し、最も適した人工血管とステントグラフトを用意しなければなりません。場合によってはメーカーにセミオーダーで発注します。

このような症例では、上行大動脈後半から、弓部大動脈すべてを切除。それを長めの分枝型人工血管に置き換え、まず上行大動脈、次いで3本の分枝動脈を吻合します。下行大動脈には断端部分からステントグラフトを下方向に向かって挿入。バネを開いて血管に圧着します。「オープンステント」と呼ばれるのは、開胸した状態でステントグラフトを用いるためです。

このステントグラフトと弓部大動脈断端の人工血管を丁寧に吻合し、手術は終了です。

4 ベントール手術

上行大動脈のうち、心臓を出てからすぐの大動脈基底部近辺に瘤ができた症例を対象に行われる手術です。瘤に引っ張られ大動脈弁輪拡張症と大動脈弁閉鎖不全症を併発していることの多い、難症例です。この場合は病変部を全て切除し、人工弁輪と人工弁(機械弁)のついた人工血管に置き換えます。人工血管には枝分かれした冠動脈のための窓が開いています。(図4)

大動脈弁そのものに大きな傷や石灰化などがなく健常に近い状態であれば、自己弁を温存するヤクー手術やデービット手術が行われます。大動脈弁を必要に応じて形成し、人工弁輪と人工血管を置き換える手術です。(図5)

機械弁には血栓がつきやすいため、血液を固まりにくくする抗凝固剤の服用を続けなければなりません。自己弁であれば薬は不要で、血流もより自然に近い状態に保つことができます。

手術前図4

手術前図5

5 手術後と治療成績

手術後の入院期間は2週間が目安です。心臓そのものに病変はありませんから、比較的社会復帰はスムーズといってよいでしょう。胸を大きく切開する正中切開では、胸骨の癒合に時間がかかりますので、転倒の可能性のあるスポーツや車の運転は、1ヵ月間は避けてください。

治療成績は、あらかじめ大動脈瘤が見つかって手術を受ける待機手術であれば、ニューハート・ワタナベ国際病院の成功率は97%以上です。

一般に手術の過程で、脳の保護や脊髄の保護が不十分だと、脳梗塞や下半身の麻痺、排尿・排便障害、性機能障害などの合併症が起こる可能性はゼロではありません。まれに肺炎や急性腎不全などを発症する例もあります。必ず熟練した医師に執刀を依頼するようにしましょう。

軽度低体温手術

心臓を止め、人工心肺で血流を確保する場合、一番問題になるのが、最も虚血に弱い脳の保護です。脳は、摂氏37度において5分間血が行かなくなると、不可逆的な(元に戻らない)脳障害が起こるとされています。それで、これまでは手術に際し、摂氏20度前後の超低体温にすることで脳の代謝を低下させ、虚血許容時間を延長させてきました。しかし、この方法では脳梗塞や感染症、肺炎などのリスクが高まり、出血も止まらず、手術も1日がかりとなります。死亡率も高い状態です。そこで、ニューハート・ワタナベ国際病院では、超低体温ではなく、摂氏32度の軽度低体温で手術を行なっています。これまでにこの手術による死亡例はなく、合併症も減っています。また、縫合でも出血しない方法を採用したことで、4時間程度で手術を終えることができます。輸血なしに手術ができるため、大量輸血が引き起こす副作用も防げます。
ただし、この軽度低体温手術には、医師に手早い完璧な技術が求められます。

よくある質問

Q1大動脈瘤の人工血管置換術は健康保険が適用されますか?

ここで紹介しているすべての術式は、健康保険が適用されます。

Q2手術後にリハビリテーションは必要ですか?

手術後に安静期間が続くと、高齢であるほど筋力と心肺機能が低下します。ニューハート・ワタナベ国際病院では、リハビリテーション専門医の診察と理学療法士の支援の下、運動療法の指導を行います。入院中に立つ・歩くから始め、有酸素運動へ安全に移行するため、心肺運動負荷試験(CPX)を実施。スムーズに日常生活に戻れるよう、リハビリテーション室で、患者さんの体力に応じた運動メニューを提供します。
退院後もリハビリテーションの指導は可能。心臓・大血管疾患の原因となる生活習慣病を防ぐためにも、ウォーキングや自転車など適度な運動を続けましょう。

Q3手術後に大動脈瘤が再発することはありますか?

大動脈瘤の最大の原因は動脈硬化です。動脈硬化とは、悪玉コレステロールなどが血管の内膜に浸潤。あちこちにお粥状の「プラーク」となって溜まり、酸化し、血管が脆弱化した状態のことです。プラーク内でカルシウムが凝集し石灰化することもあります。動脈硬化は広範囲に及んでいるのが普通ですから、治療をした部位のほかの大動脈に、別の瘤が発生する可能性は否定できないでしょう。
ニューハート・ワタナベ国際病院では手術の前に全身の血管を調べ、動脈硬化の有無や程度を調べます。術後は必要に応じて血圧を下げる薬や、コレステロールを減らす薬を処方し、再発リスクをコントロール。食生活や運動療法についてもアドバイスを行います。
動脈硬化と関係の深い糖尿病、肥満、脂質異常症、高血圧症など生活習慣病のある方は、きちんと治療を継続してください。

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