人工血管置換術からステントグラフト内挿術へ
大動脈瘤は、お薬で治療することができない病気です。根本的な治療は手術しかないということになるわけですが、最近新しい治療が開発されました。それがステントグラフト治療(内挿術)です。
ステントグラフト内挿術は、ご年齢の高い患者さんなど、いわゆる体力のない方に対して行われ始めた治療法です。人工血管置換術が、ちょうど「痛んだ水道管を取り換える」というコンセプトなのに対し、ステントグラフト内挿術は、「痛んだ水道管を内側から補強する」といったイメージになります。
この治療法が先行している欧米では、腹部大動脈瘤・胸部大動脈瘤に対し、そのほとんどにステントグラフト内挿術を選択している病院もでてきました。また、臨床成績は従来の人工血管置換術を上回るという報告も数多く発表されるようになってきました。
私自身は1998年に初めてステントグラフト内挿術を経験しました。留学から帰国した2001年より本格的にこの治療に取り組んできています。「大動脈疾患のステントグラフトによる治療体系の確立に関する研究」(厚生省平成13年度循環器病委託研究事業)に渡邊剛院長とともに参加し、平成14年(2002年)からのステントグラフト内挿術の保険適応に尽力しました。
はじめの数年間は、M-Kステントグラフト(いわゆるhome-madeデバイス、金沢大学病院のみで使用が承認されたもの)を使用しました。2006年以降、厚生労働省認可のデバイスが使用できるようになってからは、次第に患者さんの数が増え、現在までに約850人の治療をてがけました。
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ステントグラフト内挿術のメリット・デメリット
ステントグラフト内挿術は人工血管置換術と比べて傷が小さく、患者の体への負担が軽い点が大きなメリットです。ただし、適用できる状況には限りがあり、再発のリスクも完全には排除できません。そのため、患者の病状や全体的な健康状態によっては、人工血管置換術の方がより適切な選択となることもあります。
ステントグラフト内挿術で対応する主な疾患
ステントグラフト内挿術で対応する主な疾患として「腹部大動脈瘤」「胸部大動脈瘤」「胸部大動脈解離」が挙げられます。
腹部大動脈瘤
大動脈は、心臓から送り出された血液を全身に運ぶ重要な血管です。この大動脈は胸部を通り、腹部へと続いた後、腸骨動脈へと枝分かれします。腸骨動脈は下半身や脚へ血液を供給する役割を担っています。加齢やその他の要因により、大動脈の一部が弱くなって膨らむことがあり、この膨らみが徐々に拡大すると、大動脈の壁は薄く引き伸ばされ、風船のような形状になります。このような状態を「動脈瘤」と呼びます。動脈瘤は腹部の大動脈に生じることがあり、この場合は「腹部大動脈瘤」といいます。
胸部大動脈瘤
大動脈は、心臓から送り出された血液を全身に届ける最も太い血管です。この血管は胸の中から腹部にかけて走り、最終的には腸骨動脈に分かれて下肢へと血液を送ります。加齢やさまざまな原因によって大動脈の一部が脆くなると、そこが徐々に膨らみ始めることがあります。この膨らみが進行すると、大動脈の壁が引き伸ばされて薄くなり、まるで風船のような形になることがあります。このように大動脈に生じる異常な膨らみを「大動脈瘤」と呼びます。とくに胸の部分にできるものは「胸部大動脈瘤(TAA)」と呼ばれます。
大動脈解離
大動脈は、心臓から送り出された血液を全身へ届ける役割を担う最大の動脈です。胸部から腹部へと下行し、腹部で腸骨動脈に枝分かれして下肢に血液を供給します。加齢などの影響により、大動脈の一部が弱くなり、内側の壁に裂け目ができると、大動脈の壁構造が二層に分離することがあります。これを「解離」と呼びます。裂け目が生じた起点は「エントリー(入口部)」とされ、そこから血液が壁の内側に入り込むことで、層の剥がれが徐々に広がっていくこともあります。
なお、この病態は、大動脈の一部が局所的に拡張して起こる「胸部大動脈瘤(TAA)」や、交通事故などによる外傷性損傷とは性質が異なります。
ステントグラフトの構造
ステントグラフトは「ステント」と言われる骨格と、この骨格をカバーする「グラフト」から構成されています。すでに、さまざまなステントグラフトが開発され臨床応用されています。2014年現在、厚生労働省に認可されているステントグラフトは9種類あり、私はすべてのステントグラフトから選択しています。今後、益々すばらしいステントグラフトが開発されると思います。
ステントグラフト内挿術の流れ
手術前
手術の前には、造影剤を使ってCT検査を行い、CT画像から最も適したステントグラフトの種類とサイズを選んでおきます。
手術中
- 手術は一般的には全身麻酔で行います。多くの場合、足のつけねの動脈からステントグラフトを動脈瘤まで運んでゆきます。折りたたまれたステントグラフトは細く小さいのですが、硬いという欠点があります。X線(レントゲン)で、身体の中を透視しながら、慎重に胸やお腹の大動脈瘤にまで運んでゆかなくてはなりません。
- 予定された位置で、ステントグラフトを広げます。動脈瘤の大きさや形によっては2つないし3つのステントグラフトをつなげてゆくこともあります。
また、同時手術を行うことにより、ステントグラフトで治療できる動脈瘤の患者さんも多くなってきました。
ステントグラフト内挿術の治療成績と予後の合併症
損傷・動脈解離・臓器虚血・血栓塞栓症など)の発生率は腹部大動脈瘤ではきわめて低く、胸部大動脈瘤では3-4%です。人工血管置換術と比べるとたいへん低いと思います。中期・長期成績では、動脈瘤の血栓化・縮小や瘤関連の合併症がないことが成功の基準となりますが、 5-6年の追跡では、大きな問題なく経過しています。
手術中や術直後の合併症は、重篤なものは少ないのですが、発熱、胸水貯溜などは比較的高率に生じます。また、退院後は、ステントグラフトの変形・破損・移動・感染などに注意が必要です。これらを防ぐために、きちんと外来通院をしていただくよう、お願いしています。
最後になりますが、この治療がはじまってから15年が経過しています。人工血管置換術との本当の意味の比較にはもう10年の年月が必要かもしれません。
よくある質問
Q1どんな動脈瘤にもステントグラフト治療はできるのでしょうか?
すべてというわけではありませんが、その適応は拡大しています。
Q2ステントグラフト治療の前には、どのような検査が必要ですか?
造影剤を使ったCT検査は必ず必要です。一般的な検査に加え、動脈瘤の原因が動脈硬化や高血圧ということを考えますと、脳(及び頸)の動脈・心臓・下肢(足)の動脈など、全身の動脈を調べておくことは重要です。
Q3ステントグラフト治療は保険適応なのでしょうか?
保険適応となっている治療法です。
Q4ステントグラフト治療後の入院期間はどのくらいでしょうか?
通常の治療後で、順調な経過であれば10-14日で退院が可能です。
退院後は、普通の日常生活が送れます。
Q5退院後はどのような通院が必要ですか?
退院1ヶ月後、3ヶ月後、以降は半年から1年ごとの通院・検査がのぞましいと考えています。